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Jun, 09, 2014
醜いのはどっちだろ?

相手が怒りだす

もちろんこちらは何で怒っているのかわからない

理由がわからないからこそ相手は怒っている

 

ここで自分は

何でこんなにいつも短気なんだ!

何で自分は怒られなきゃいけないのか!

と相手に対して思う

 

そう思うということは

もちろん自分が悪いという気持ちは少ないという証拠だ

そして、自分は穏やかで、相手は短気という構図を形作る

そこで、きっとどこか自分の方が大人という気持ちがちょっとあるのだろう

そんな相手に疲れた素振りを見せる

 

自分は何様なんだろうと思う

相手が怒るということ

それはただ単に相手が短気とか劣っているとかそういうことではない

お互いの価値観、考えがあたり前のように違うのだから

そこで怒りが生じる

それは仕方がないことなのだ

もちろん怒りやすい人と、怒りにくい人がいる

でも、それはどっちが素晴らしいということではない気がする

 

怒っていない自分をどこか優れた人間のように思ったりすることは

きっと誰しもあると思う

でも、その怒っていない自分というのは

自分が思っているほどピュアではなかったりする

怒っていない自分に酔っていたり、偉いと思っていたり、

勝手に満足しているだけなのかもしれない

 

それだったら、純粋に喜怒哀楽の一表情を見せている相手の方が

よっぽどさっぱりしているんじゃないだろうか

いい人になるとか

そういうものには時としてこういうフェイクな部分があると思う

そういう醜さがあると思う

 

徒然とつづってしまったけれど

これはとある日の僕のはなし

こうして相手を通して自分というものを学んでいる

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