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May, 13, 2012
食べる事への思考

スーパーに並ぶ膨大な量の食料品。何を食べようか迷う贅沢な悩みを抱えている私達。

 

 

でも、スーパーに並ぶ、食品のそれぞれがどこから来て、誰に育てられ、どのような過程で棚に陳列されるに至ったかは、消費者の私達があまり知り得る事ではありません。

 

 

大量の防カビ剤が付着していることも知られないまま陳列された輸入レモンやオレンジ。

生きていた動物を連想させないかのように綺麗にパック詰めされたお肉。

人工物だけで構成された加工食品。

 

 

もしかしたら、知らなくてもいいのかもしれない。「そんな事考えてたら、何も食べられない」なんて言われてしまえばそれまでだ。

 

 

でも、食べるってことは、他の生物の魂を頂いて、人間の魂と肉体に変換する作業。命が介在する活動です。それなのに、食べるという対象物が何なのか、どうやってここに来たのか、誰の手を介在してその場にあるのかを知らない、いやむしろ、簡単に知る事ができないのは何だか悲しいし、無機質で、恐いものだと感じるのです。

 

 

現代社会では、多くの人が多忙な生活を送っていて、食べ物について考えたり吟味したりしている暇なんてないのかもしれない。それでも、人間として根源的な食べるというテーマに少しでも時間と労力を割くことも重要な気がしています。

 

 

食べることについて考えたり、食品を選ぶということに時間を割く事は、理性があり、雑食動物である人間に本質的に求められている行動なのかもしれません。